球界のレジェンド、イチロー選手が3月21日深夜、現役引退を発表し、記者会見を行いました。果たして何を語ったのか?そのコメントと一問一答の全文を、極力省くことなく細かなニュアンスまでお伝えしたいと思います(動画あり)。

同じような選手はもしかしたらもう二度と現れない、後世まで語り継ぐべき選手だと思うから。

イチロー最後のレーザービーム動画2019.03.18東京ドーム巨人戦!

イチロー選手の記者会見での冒頭挨拶

今日のゲームを最後に、日本で9年、アメリカで19年目に突入したところだったが、現役生活に終止符を打ち、引退することとなりました。

最後にこのユニフォームを着てこの日を迎えられたことを大変幸せに感じています。この28年を振り返るにはあまりにも長い時間だったので、ここで1つ一つ振り返るのは難しい。

ひとまずは今まで支えてくれた関係者への感謝の気持ちを述べるにとどめて、あとは皆さんからの質疑応答に答えたいと思います。

イチローの愛車遍歴 最新画像つき

Q. 引退を決めた理由とタイミングは?

タイミングはキャンプ終盤。日本に戻ってくる数日前。もともと東京ドームでプレーするのが契約上の予定でもあったが、キャンプ終盤でも結果が出せずに、それを覆すことができなかった。

Q. 今その決断に後悔や思い残したことは?

今日のあの球場での出来事、あんなものを見せられたら、後悔などあろうはずがない。

もちろん、もっと出来たことはあると思うけど、結果を残すために自分なりに重ねてきたこと、人よりも頑張ったということはとても言えないが、自分なりに頑張ってきたというのははっきりと言える。

これを重ねてきて、重ねることでしか後悔を生まないということはできないんではないかなと思う。

Q. 数多くの子供たちへのメッセージをお願いします。

メッセージかぁ。苦手なのだなぁ、僕が。まぁ野球だけでなくてもいい。始めるものは。自分が夢中になれるもの、熱中できるものであれば、それに向かってエネルギーを注げるので、そういうものを早く見つけてほしい。

それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁にも向かっていける。それが見つけられないと、壁が出てくると諦めてしまうと思う。いろんなことにトライして、自分に向くか向かないかというよりも、自分が好きなものを見つけてほしい。

Q. 現役生活28年間の中で、今ふっと思い返して印象に残っているシーンは?

今日を除いてですよね?このあと時間が経てば、真っ先に今日のことが浮かぶのは間違いないと思うが、それを除くとすれば、いろんな記録に立ち向かってきたが、そういうものは大したことではない。

自分にとって、それを目指してやってきたが、いずれそれは後輩が先輩たちの記録を抜いていくというのはしなければならないこと。そのことにそれほど大きな意味はない。

今日のような体験をすると、そういうのは小さく見えてしまう。例えば10年200本続けてきたこと、MVPをとったことなどは本当に小さなことに過ぎない。

今日のあの舞台に立てたことというのは、去年の5月以降ゲームに出られない状況になって、その後もチームと練習を続けてきたが、それを最後まで成し遂げられていなかったら、今日のこの日はなかった。

今まで残してきた記録はいずれ誰かが抜かしてしまうかもしれないが、去年の5月からシーズン最後の日まで、あの日々は、ひょっとしたら誰にも出来ない事かもしれないという、ささやかな誇りを生んだ日々だった。どの記録よりも自分の中では、ほんの少しだけ誇りを持てたこと。

Q. イチメーターのエイミーさんに代表されるファンの存在とは?

ゲーム後にあんなことが起こるとはとても想像していなかったが、実際にそれが起きて、なかなか日本のファンの人たちの熱量を(アメリカにいると)普段感じることは難しいが、久しぶりに東京ドームにきて、ゲームは基本的には静かに進んでいくが、なんとなく印象として、日本の人たちは表現することが苦手という印象があったが、それが完全に覆った。

内側に持っている熱い想いが確実にそこにあるということ、それを表現した時の迫力というのは、とても今まで想像出来なかったこと。

これはもっとも特別な瞬間になるが、ある時までは自分のためにプレーすることがチームのためになるし、見てくれる人も喜んでくれると思っていたが、ニューヨークに行った頃から、人に喜んでもらえることが一番の喜びに変わってきた。

その点で、ファンの方々の存在なくしては、自分のエネルギーは全く生まれないと言ってもいいと思う。

(取材陣がイチロー選手のコメントに聞き入っていて反応が全くなかったからか、イチロー選手が)

えっ、おかしなこと言ってます、僕?大丈夫ですか?(取材陣から笑いが溢れる)

このような場面がこの後も何度かありました。

Q. イチロー選手が貫いたもの、貫けたものは?

野球のことを愛したことだと思う。これは変わることはなかった。

えっ、おかしなこと言ってます、僕?大丈夫ですか?(また取材陣から笑いが溢れる)

グリフィーが「肩の力を抜いた時、肩のものを降ろした時、また違う野球が見えて楽しくなる」と語っていたが、そういう瞬間、野球が変わるということはあったのか?

プロ野球生活の中でですか?ないですね。これはないです。

ただ、子供の頃からプロ野球選手になることが夢で、それが叶って、最初の2年、18〜19の頃は、1軍に行ったり来たり…

「行ったり来たり」っておかしい?「行ったり、行かなかったり?」あれっ、「行ったり来たり」って、なんかいつもいるみたいな感じだね。あれっ、どう言ったらいいんだ?「1軍に行ったり、2軍に行ったり?」そうか、それが正しいか。

まぁそういう状態でやっている野球はけっこう楽しかった。で、94年、3年目、仰木監督と出会って、レギュラーとして初めて使ってもらって、この年までだった、楽しかったのは。

その頃から急に番付を上げられてしまって、それがしんどかった。力以上の評価をされるというのは非常に苦しい。そこからは純粋に楽しいなんていうことは、もちろん、やり甲斐があって達成感、満足感を味わうことはたくさんあったが、楽しいかというと、それとは違う。

でも、そういう時間を過ごしてきて、将来はまた楽しい野球がやりたいなと。これは皮肉なもので、プロ野球選手になりたいという夢が叶った後は、そうじゃない野球をまた夢見ている自分が、ある時から存在した。

でもこれは中途半端にプロ野球人生を過ごした人間にはおそらく待っていないもの。まぁ趣味で野球をやる、例えば草野球に対して、やっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、草野球を楽しむことは出来ないのではないか。

これからはそんな野球をやってみたいなという思いです。

Q. これからまたどんな「ギフト」を私たちにくれるのか?

そんなものないですよ。そんなの、ムチャ言わないでくださいよ。

でもこれ(この開幕シリーズ)は本当に大きなギフトで、去年、3月の頭にマリナーズからオファーをもらってからの今日までの流れがあるが、あそこで終わってても全然おかしくない状況だったから、今この状況が信じられない。

あの時考えていたのは、自分がオフの間、アメリカでプレーするために準備する場所、神戸の球場だけど、そこで寒い時期に練習するので、ヘコむ、心が折れるんですよ。

でもそんな時も仲間に支えられてやってきたが、でも最後は、今まで自分なりに訓練を重ねてきた球場で、ひっそりと終わるのかなぁと、あの当時想像していたので、夢みたいですよ、こんなの。

これも大きなギフトです、僕にとって。だから質問に答えてないですけど、僕からのギフトなんてないです。

Q. 今日笑顔が多かったのは、開幕シリーズが楽しかったということか?

これも純粋に楽しいということではない。やっぱり誰かの想いを背負うということはそれなりに重いことなので、そうやって1打席1打席立つということは簡単ではない。なので、すごく疲れた。

で、やっぱり1本ヒット打ちたかったし。応えたいって、当然ですよね、それは。感情がないって思っている人もいるみたいだが、意外とあるんですよ。だから結果を残して最後を迎えられたら一番いいなと思っていたが、それは叶わずで。

でも、それでもあんなに球場に残ってくれて、そうしないですけど、死んでもいいという気持ちはこういうことなんだろうなって。死なないですけど。そういう表現をする時って、こういう時なんだろうなって。

Q. 日本に戻ってきてプレーするという選択肢はなかったのか?

なかった。(どうしてでしょうか?)それはここでは言えないなぁ。

でも最低50歳までって本当に思ってたし、でもそれは叶わずで。有言不実行の男になってしまったわけだが、でもその表現をして来なかったらここまで出来なかっただろうなという想いもある。

だから言葉にすること、表現することというのは、目標に近く一つの方法ではないかと思う。

Q. これからの膨大な時間をどう使うか?

ちょっと今は分からない。でも明日もトレーニングはしている。それは変わらない。じっとしていられないので。ゆっくりしたいとかは全然ない。たぶん動き回っている。

Q. 自分の生き様でファンに伝えられたこと、伝わっていて欲しいことは?

生き様というのは僕にはよく分からないが、「生き方」という風に考えれば、さっきも言ったように、人より頑張ることなんてとても出来ない。あくまでも秤(はかり)は自分の中にある。

それで自分なりにその秤を使いながら、自分の限界をみながら、ちょっと超えていく。それを繰り返していく。そうすると、いつの日か、「こんな自分になっているんだ」っていう状態になっている。

だから、少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないと思う。一気に高みに行こうとすると今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられない。地道に進むしかない。

進むだけではなく、後退もしながら、時には後退しかしない時期もあると思うが、でも自分がやると決めたことを信じてやっていく。でもそれは正解とは限らない。間違ったことを続けてしまっていることもある。

でもそうやって遠回りすることでしか本当の自分に出会えないというか、そんな気がしているので、そうやって自分なりに重ねてきたことを今日のあのゲーム後、ファンの方の気持ち、それを見た時に、ひょっとしたらそんなとこを見てもらっていたのかなと。そうであれば嬉しい。

Q. 今後、何になるのか?

そもそもカタカナの「イチロー」ってどうなのか。「元イチロー」みたいになるのか。元イチローって変だよね。僕はイチローだし。どうしよっか?何になる?

監督は絶対に無理。これは「絶対」がつく。人望がない、本当に。僕は人望がない。それくらいの判断能力は備えているので。プロの世界というよりも、アマチュアとプロの壁が日本の場合どうしても特殊な形で存在しているので。

自分に子供がいたとして、高校生であるとしたら教えられなかったり。そういうのってなんか変な感じじゃないですか。だから今日をもって元イチローになるって、中学生になるか、高校生になるか大学生なのか分からないけど、そこ(アマチュアに指導すること)には興味がある。

Q. 引退を決断した以前にも、引退について悩んだことは?

引退というよりも、クビになるんじゃないかはいつもあった。ニューヨークに行ってからは毎日そんな感じ。マイアミもそうだったが。ニューヨークって特殊な場所。マイアミもそう。

だから毎日そんなメンタリティで過ごしていた。クビになる時は、まさにその時だろうと思っていた。だからそんなのしょっちゅうあった。

Q. 今回、引退を決意した理由は?

マリナーズ以外に行くつもりはなかった。それは大きい。去年シアトルに戻してもらって本当に嬉しかったし、去年の5月にゲームに出られなくなった。あの時もそのタイミングでもおかしくなかった。

でもこの春に向けて可能性があると伝えられていたので、自分なりに頑張って来れた。

Q. 今日ベンチに下がる時に菊池雄星選手が号泣されていたが…

いや、号泣中の号泣でしたよ、あいつ。いやもうビックリした。それを見てこっちはちょっと笑けてきた。

Q. 抱擁している時の会話の内容は?

いや、それはプライベートなんで。それを雄星が言うのは構わないが、僕が言うことではない。

(秘密ということ?)それはそうでしょ。だって2人の会話だから。しかも僕から声を掛けているので。それをここで僕が「こんなこと言いました」なんて言うのはバカですよね。絶対に信頼されないよね、そんな人間は。それはダメです。

Q. アメリカのファンへのメッセージは?

アメリカのファンは最初は厳しかった。最初の2001年のキャンプなんかは、「日本に帰れ」とかしょっちゅう言われた。でも結果を残した後の敬意というのは、これは掌を返すという言い方もできてしまうが、言葉ではなくて行動で示した時の敬意の示し方というのは迫力があるという印象。

なかなか入れてもらえないが、入れてもらった後、認めてもらった後はすごく近くなる。がっちり関係が出来上がる。シアトルのファンとはそれが出来たような、僕の勝手な印象だけど。

ニューヨークというのは厳しいところだった。でもやればそれこそどこよりも、どのエリアの人たちよりも熱い想いがある。

マイアミというのはラテンの文化が強い印象で、その圧はそれほどないが、でも結果を残さなければ絶対に人は来てくれない。それぞれの場所に特色があって面白かったし、それぞれの場所で関係を築けたと思う。

でもやっぱり最後にシアトルのユニフォームを着て、セーフコ・フィールドではなくなってしまったが、姿を見せることが出来なくて、それは申し訳ない想いがある。

Q. ユニークなTシャツは自身の心情を表しているのか?

それを言っちゃうと急に野暮ったくなるから、それは言わないほうがいい。それは見る側の解釈だから。そう捉えればそう捉えることもできるし、全然関係ない可能性もあるし、それでいいんじゃないか。

いちいちそれを説明すると本当に野暮ったい。言うと無粋であることは間違いない。

Q. 弓子夫人への想いは?

いやぁ、頑張ってくれましたね。一番頑張ってくれたと思う。

僕はアメリカで結局3089本のヒットを打ったが、妻はおよそ、僕はホームの時はゲーム前におにぎりを食べる。妻が握ってくれたおにぎりを球場に持って行って食べるわけだけど、その数が2800くらいだった。

それは3000までいきたかったみたいですね。そこは3000個握らせてあげたかった。妻もそうだけど、とにかく頑張ってくれた。僕はゆっくりする気はないけど、妻にはゆっくりもらいたいと思っている。

それと愛犬の一弓(いっきゅう)。我が家の愛犬。芝犬。現在17歳と7ヶ月。今年で18歳になろうかという芝犬。さすがにおじいちゃんになってきて、毎日フラフラなんだけど、懸命に生きている。その姿を見ていたら、それは俺頑張らなきゃなと。

これはジョークではなく、本当に思った。あの懸命に生きる姿。2001年に生まれて2002年にシアトルの我が家に来たが、まさか最後まで、現役を終える時まで一緒に過ごせるとは思っていなかった。これは本当に感慨深い。一弓の姿というのは。

妻と一弓には感謝の想いしかない。

Q. 打席の中での感覚の変化はあったのか?

それいる?ここで?裏で話そう、あとで。

Q. これまでの決断の中で一番考え抜いたものは?

これは順番をつけられない。それが一番だと思う。ただアメリカに行ってプレーする時に、当時は今とは違うポスティングシステムだったが、それは当然自分の想いだけでは叶わないので、球団からの了承がないので行けなかった。

その時に誰をこちら側に、球団にいる誰かを口説かないと、説得しないといけない。その時に一番に浮かんだのが仰木監督。その何年か前からアメリカでプレーしたいという想いは伝えていたが、仰木監督だったら美味しいご飯とお酒を飲ませたら、「飲ませたら」とはは敢えて言っているが、これがまんまとうまくいって。

これがなかったら何にも始まらなかったので、口説く相手に仰木監督を選んだのは大きかった。それまでダメだダメだと言っていたのが、お酒でこんなに変わってくれるんだって、お酒の力をまざまざと見た。

でも洒落た人だったと本当に思う。仰木監督から学んだものは測り知れない。

Q. 現役時代に一番我慢したものは?

難しい質問だなぁ。僕は我慢ができない人。我慢が苦手で、楽なこと楽なことを重ねているという感じ。自分ができること、やりたいことを重ねているので、我慢の感覚がない。

とにかく体を動かしたくてしょうがないので、「こんなに体を動かしちゃダメだ」って、体を動かすことを我慢するということはたくさんあった。それ以外はなるべくストレスがないように考えて行動してきたつもり。

家では妻が料理を色々考えて作ってくれるが、ロードに出るとなんでもいいわけだし、しかもムチャクチャ、ロードの食生活なんて。我慢できないから、そういうことになってしまう。そんな感じ。

だから今聞かれたような趣旨の我慢は思い当たらない。

Q. (台湾の記者から)台湾のファンへ伝えたいことは?

チェンが元気か知りたい。チェンはチームメートでしたから。(元気ということが聞けて)それは何より。それが聞けただけで嬉しい。

以前に行ったことがある。優しい雰囲気の国だった。

Q. (菊池雄星や大谷翔平など)後輩たちに託したいことは?

雄星のデビューの日に引退を迎えたことは、なんかいいなぁと思っていて、「お前ちゃんとやれよ」っていう想い。短い時間だったが、すごくいい子で、色んな選手を見てきたが、左ピッチャーの先発って変わっている子が多い。

天才肌が多いという言い方もできる。アメリカでも多い。だからこんなにいい子っているのかなって感じ。今日までのところ。

キャンプ地から日本まで飛行機で移動してくるわけだけど、チームにはドレスコード(服装の決まり)があるが、黒のセットアップジャージでOKなんだけど、長旅だからという配慮で。

「じゃあ雄星、俺たちどうする?」って。「アリゾナを出る時はいいけど、日本に着いた時にさすがにジャージはダメだろ」って2人で話をしていた。

「そうですよね。イチローさんはどうするんですか?」「俺は中はTシャツだけど、セットアップで一応ジャケットを着るようにしようかな」「じゃあ僕もそうします」と雄星は言っていた。

でもキャンプ地を出る時のバスの中で、皆は黒のジャージのセットアップだったが、「雄星、やっぱりこれはメジャーリーガーとしてダメだろ」って言ってたのに、羽田に着いた時にあいつはまさかの黒のジャージだった。

こいつ大物だなと思ってぶったまげた。その真相をまだ本人には聞いていないが、何があったかわからないが、やっぱり左ピッチャーは変わったやつが多いなと思った。でもスケール感は出ていた。頑張ってほしい。

翔平はもう早く怪我を直して、スケールの、物理的にも大きいわけだし、アメリカの選手にもサイズ的にも劣らない。それであの機敏な動きができるというのはいないですからね。それだけで。いやもう世界一の選手にならなきゃいけない。

Q. 野球の魅力とは?

団体競技だけど個人競技というところ。これが野球の面白いところ。チームが勝てばそれでいいかというと全然そんなことはない。個人としても結果を残さないと生きていくことはできない。

本来はチームが勝っていればチームとしてのクオリティが高いはずなので、それでいいんじゃないかという考え方もできるが、決してそうではない。その厳しさが面白い、魅力であることは間違いない。

あとは同じ瞬間がないということ。必ずどの瞬間も違うということ。これは飽きがこない。

イチロー選手がいない野球をどうやって楽しんだら…?

2001年にアメリカに来てから、現在の野球は全く違うものになった。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつある。選手も、現場にいる人はみんな感じていることだと思うが、これがどうやって変化していくのか。次の5年、10年。

しばらくはこの流れは止まらないと思うが、本来は野球というものは…いや、ダメだな。これを言うと問題になりそうだな。

頭を使わないとできないスポーツなんですよ。でもそうじゃなくなってきているのがどうも気持ち悪くて。野球の発祥はアメリカですから。その野球がそうなってきていることに危機感を持っている人は結構いると思う。

日本の野球がアメリカの野球に追従する必要など全くなくて、やっぱり日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしい。アメリカのこの流れは止まらないので、せめて日本の野球は決して変わってはいけないこと、大切にしなくてはいけないものを大切にしてほしいと思う。

プロ野球選手として成功して得たものは?

成功かどうかってよく分からない。どこからが成功で、そうじゃないのかというのは、全く僕には判断できない。成功という言葉が、だから僕は嫌いなんだけど。

メジャーリーグに挑戦する、どの世界でもそうだけど、新しい世界に挑戦するということは大変な勇気だと思うんですけど、でもここはあえて成功と表現しますが、成功すると思うからやってみたい、それができないと思うからやらないという判断基準では後悔を生むだろうと思う。

やりたいならやってみればいい。できると思うから挑戦するのではなく、やりたいと思えば挑戦すればいい。そのときにどんな結果が出ようとも後悔はないと思う。自分なりの成功を勝ち取ったときに達成感があるのかといったら、それも僕には疑問なので。

基本的にはやりたいと思ったことに向かっていきたい。で、何を得たか?「まぁ、こんなものかなあ」という感覚ですかねぇ。それは200本もっと打ちたかったし、できると思ったし。

1年目にチームは116勝して、その次の2年間も93勝して、勝つのってそんなに難しいことじゃないなってその3年は思っていたんですけど、大変なことです、勝利するのは。この感覚を得たことは大きいかもしれない。

神戸に恩返ししたいという想いは?

神戸は特別な街です、僕にとって。恩返しかぁ。恩返しって何することなんでかね。僕は選手として続けることでしかそれができないと考えていたこともあって、できるだけ長く現役を続けたいと思っていたこともあるんですね。

神戸に恩返し…。税金を少しでも払えるように頑張ります。

日本の野球で鍛えられたことは?

基本的な基礎の動きって、おそらくメジャーリーグの選手よりも、日本だったら中学生レベルの方がうまい可能性だってある。それはチームとしての連係もあるじゃないですか。そんなの言わなくたってできますからね、日本の野球では。

でも、こちらではなかなかそこは。(メジャーの選手は)個人としてのポテンシャル、運動能力は高いですけど、そこにはかなり苦しみましたよ。苦しんで、諦めました。

大谷投手と対戦したかった気持ちは?

先程もお伝えしましたが、世界一の選手にならないといけない選手です。そう考えてます。

翔平と対戦ができなかったのは残念ですけど、できれば僕がピッチャーで翔平がバッターとしてやりたかった。そこは誤解なきようにお願いします。

大谷選手はどんなメジャーリーガーにになっていくと思うか?

そこは占い師に聞いてもらわないとわからないですね。でも、投げることも打つこともやるのであれば、向こう1シーズンごとに、1シーズンは投手、その次のシーズンは打者としてサイヤング賞とホームラン王を獲ったら…。

そんなこと考えることすらできない。翔平はその想像をさせられる。その時点で明らかに人とは違う。明らかに違う選手だと思う。その二刀流はおもしろいと思う。

投手として20勝するシーズンがあって、その翌年には(ホームランを)50本打ってMVP獲って。バケモンですよね。それを想像できなくないですからね。

現役野球選手じゃない自分は嫌だと言っていたが?

僕は嫌だって言わないと思うけどね。僕、「野球選手じゃない僕を想像するの嫌だ」って、たぶん言ってないと思いますよ。

改めて野球選手ではない自分を想像してどうか?

いやだから、違う野球選手に多分なってますよ。あれ?この話さっきしましたよね。お腹減ってきて集中力が切れてきちゃって、さっき何話したのかもちょっと記憶に…。

草野球の話しましたよね?そっちでいずれ…それは楽しくやっていると思うんですけど。そうするときっと草野球を極めたいと思うんでしょうね。真剣に草野球をやるという野球選手になるんじゃないですか、結局。聞いてます?

(司会)お時間も迫って参りましたので…

 お腹減ってきた〜もう〜。結構やっていないですか、これ。今時間どれくらい?1時間20分?あら〜。今日はとことんお付き合いしようかなと思ったんですけどね…。お腹減ってきちゃった…。

小学生時代の卒業文集に「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです」と書いていたが、その当時の自分にどんな言葉をかけたいか?

「お前、契約金1億(円)ももらえないよ」

ですね。いや〜、夢は大きくと言いますけどね、なかなか難しいですよ。ドラ1の1億って掲げていましたけど、全然、遠く及ばなかったですから。いや〜、ある意味では挫折ですよね、それは。

こんな終わり方でいいのかな?なんかきゅっとしたいよね、最後は。(笑)

前のマリナーズ時代、何度か「自分は孤独を感じながらプレーしている」と話していたが、その孤独感はずっと感じてプレーしていたのか?それとも前の孤独感とは違うものがあったのか?

現在それ(孤独感)は全くないです。今日の段階で、それは全くないです。それとは少し違うかもしれないですけど、アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと。アメリカでは僕は外国人ですから。

このことは、外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることはできたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。

ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います。だから、辛いこと、しんどいことから逃げたいと思うのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気な時にそれに立ち向かっていく、そのことはすごく人として重要なことなのではないかなと感じています。

締まったね、最後。いや〜、長い時間ありがとうございました。眠いでしょ、みなさんも。ねぇ。じゃあ、そろそろ帰りますかね。

イチロー選手が全てを語った記者会見の動画

イチロー選手、長い間、夢と希望と感動を、本当にありがとうございました。現役生活、お疲れ様でした。

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