巨人・坂本勇人選手が母子家庭で育ったことは広く知られた話。それは、母親の松村輝美さんの姓が”坂本”でないことからも分かります。その輝美さんの命日である6月19日が近づいてきたので、坂本選手にとってのお母さんの存在の大きさを調べてみました。

母子家庭で育った坂本勇人

坂本選手のお父さんは食肉の卸売業を営んでいて、ファミリーレストランなどに食肉を販売する仕事をされていたそうですが、坂本選手が子供の頃に離婚されたとのこと。

その後はお母さんに引き取られて母子家庭で育てられたようですが、坂本選手の苗字が”坂本”のままであることからすると、子供たちだけは苗字を変えないで済むように配慮したのか、もしくは子供たちがある程度大きくなってから、お母さんだけが旧姓に戻したということでしょうか。

女手一つで男の子3人(坂本選手は3人兄弟の次男)を育てるとなると相当な苦労があったのではないかと思いますが、忙しい合間を縫って、輝美さんは坂本選手の少年野球のお当番を頑張ったり、車も少年野球チームの子供たちの送迎用にわざわざワンボックスカーに買い替えたりと、子供に大好きな野球をやらせてあげるために様々な努力をされたそうです。

輝美さんの死因は小腸がん

そんな子供想いの輝美さんでしたが、坂本選手がプロに入って1年目の2007年6月19日、小腸がんのために享年47歳で亡くなってしまいます。

病状が重たいことを知らされていた坂本選手は、お母さんから授かった健康で頑丈な体で、元気にプレーしている姿を見せようと、そのおよそ1ヶ月前に出場した2軍の試合に輝美さんを招待。

そしてその試合で、お母さんが見ている目の前で、見事なホームランをレフトスタンドに叩き込みました。それを見た輝美さんはどれほど感動したことでしょう。天性の勝負強さをここでも発揮した坂本選手の、まさに母に捧げるホームランでした。

母から坂本選手への贈り物

健康で丈夫な体ももちろんですが、他にも坂本選手がお母さんからもらった最大の贈り物があります。それは、生まれつき左利きだった坂本選手を、小学生の時に右利きに矯正したこと。

どこまでの意図があったかは定かではありませんが、野球を始めた坂本選手に、輝美さんは長男が使っていた右利き用のグローブを渡したのだそうです。

小学生時代、一時期は左右両打ちに挑戦したこともあったそうですが、右打ちのほうが明らかに飛距離が大きかったため、右打ちに専念することにしたとのこと。

打率も高い上に長打も打てる今の坂本選手があるのは、本当にお母さんのおかげなんですね。

それともう一つ。輝美さんの同級生の話によると、輝美さんは子供の頃から運動神経が抜群だったとのこと。坂本選手の芸術的なインコース打ちや守備範囲の広さ、肩の強さなども母親譲りのように思えます。

母の命日は高打率を残す坂本選手の勝負強さ

坂本選手はお母さんの命日に行われた試合では4割以上の打率を残し、その勝負強さを遺憾無く発揮しています。

お母さんへの感謝の想いを結果で表し続ける坂本選手。うちの息子も大ファンです。