巨人の先発ローテーションの一角を担う山口俊選手と、広島の正捕手・会沢翼選手との間には深い深い因縁があります。それは過去3度の死球。

高校時代は短ランがトレードマークの元ヤンキーとして有名な会沢選手は、さすがに3度目は激怒。広島の選手たちもそれに乗じて激昂。誰がどんなコメントをしたのでしょうか。

山口俊と会沢翼の因縁1:2012年8月2日

2人の最初の因縁は遡ること2012年8月2日。当時、横浜DeNAのリリーフとしての地位を確立していた山口選手に対し、会沢選手はまだ一軍への定着を狙う立場。1試合1試合、1打席1打席が勝負であるところ、山口選手から顔面にデッドボールを受けて鼻骨を骨折。

結局その年は1軍への復帰を果たせぬままシーズンが終了。折れた鼻骨を治すための手術は、鼓膜に響いた音がいまだに頭から離れないほど壮絶だったとのこと。

これが6年後の2度目、3度目の死球の伏線となるのです。

山口俊と会沢翼の因縁2:2018年5月1日 第1打席

時は移り、山口選手はFAで巨人に移籍へ。巨人での2年目を迎え、1年目の不甲斐ない成績(不祥事により登板数は4試合のみ)を挽回しようと意気込んでいるシーズンでした。

一方の会沢選手もこのシーズンから選手会長に就任し、押しも押されぬ広島の中心選手として迎えたこの試合。

因縁は2回の第1打席に勃発しました。場面は2死一塁。山口選手の速球が会沢選手の左肩付近を直撃。ただ、この時は会沢選手も感情を抑えつつ歯を食いしばりながら痛みを堪えて一塁へ。

両チームのムードは一触触発。緊張が走りました。

山口俊と会沢翼の因縁3:2018年5月1日 第2打席

そして迎えた会沢選手の第2打席。3回1死一、三塁というチャンスの場面で、山口選手の初球、またもやストレートが会沢選手の左肩付近に直撃。

2打席連続のデッドボール、しかもほとんど同じ場所。さらに、もう少し上だったら再び顔面に当たっていたところ。6年前の伏線もあり会沢選手の怒りは最高潮に。両軍が入り乱れての大乱闘となりました。

会沢翼は茨城の元ヤンキー

会沢選手は山口選手よりも1歳年下。異常なほどの縦社会であるプロ野球界において、いくら相手チームとはいえ年下の選手が年上の選手に歯向かうことはかなりのレアケース。

しかも177cmと、プロ野球選手の中では小柄な会沢選手に対して、山口選手は‎187 cm、98 kgの巨漢。さすがに父親が元幕内力士の谷嵐久だけあります。

でもそこは高校時代まで過ごした茨城県では元ヤンで鳴らした会沢選手。水戸短大付属高校時代に着ていた制服は短ランとボンタン。2006年の広島の入団会見では、

「目立ってナンボ」

と、少しあごひげを生やして登場した姿は強烈でした。


その負けん気の強さはいまだに衰えず、2打席連続死球を受けた会沢選手は、怒りを露わにしてマウンドの山口選手に歩み寄っていったのです。

そして5回1死一塁で迎えた第3打席では、レフト線へ見事なタイムリーツーベースを放ってリベンジを果たした会沢選手は、試合後には冷静さを取り戻しつつも次のようにコメント。

「戦っている以上、(デッドボールは)仕方がないと思いますけど、なめられてもいけない。カッとなりすぎたところは反省しないといけない。戦っている以上は闘志をむき出しにいかないと」

広島の選手たちも怒りのコメント

山口選手と会沢選手の過去の因縁を知っているだけに、選手会長がやられた広島の選手たちは黙っていません。

野間峻祥選手

「アツさんがキレてる。やばい」

この日先発した中村祐太選手

「初めて乱闘を経験しました。闘争心がわいてきました」

九里亜蓮選手

「テレビで見ていました。僕も参加したかった」

黒田博樹選手

「自分の体は自分で守らないといけない。あそこでヘラヘラしていると、チームに影響を与える」

「プロの世界は生きるか、死ぬか」

「この1試合、この1球で終わってもいい」

山口俊からの謝罪

後日、山口選手から謝罪があったことを明かした会沢選手。これでひとまず表向きは落ち着いたのだとは思いますが、少なからず遺恨も残っているはず。

一度は選手生命も脅かされているだけに、今度また同じようなことが起こったとしたら、会沢選手の怒りはもう抑えることはできないでしょうね。